続・再びフェスティバルのことなど

メリダ
 街に流れる浮き浮きしたカリブのメロディ,太陽,空港の観光案内所のスタッフの美しい英語とてきぱきした対応,遊ばせ方を心得たユカタン半島のメリダにすっかり魅せられてしまった。清潔感,明るい日差しに映える白壁の家並み,白を基調とした布地に美しい刺しゅうをほどこしたウイブルあるいはテルノと呼ばれる民族衣装を着た小柄な女性等,別名シウダー・プランカ(白い都)と呼ばれる美しいコロニアル都市だ。ピラミッド,いけにえのセノーテ,球技場で有名なチチエン・イツァーやウシュマル等の遺跡へも日帰りで行くことができ,また,最近,アカプルコの地位を奪ってしまったカンクン・ビーチにも近いことから今後,人気が出ることだろう。
 メリダの街や人々の雰囲気がメキシコ・シティと異なるのは当たり前,誇り高きマヤの末裔ユカテコはアステカやスペインに執拗に抵抗した歴史を持つのだ。背が低く,額が平らで精悍な感じがする顔立ちだ。
 ところで,ここはボクシングの軽量級チャンピオンを何人か出しているせいか,人々は日本のことに意外と詳しい。それに,オーラン病院には黄熱病で有名な野口英世博士の像がありました。空港に向かう途中,大急ぎで記念をパチリ。さらば,博士。

チチェン・イツアの球戯場のレリーフ
球戯場のレリーフ
メリダのオーラン病院の野口英世博士像

さらば,やそきち
 メキシコシティからここユカタン半島のメリダに向かうべく7時すぎに飛行場に着いた時の話。筆者と英語で話していた隣の白人のご婦人が,いきなりなまった日本語?で「さらば,やそきち」と筆者に言ってテレビを指差したものだから,本当に飛び上がるほどびっくりした。「なに,この人,日本語が話せるのかな?でも,俺の名前はやそきちではないぞ」と,驚きながらも指差されたテレビを観ると,何と,日本の相撲が放送されているではないか。小錦,朝潮,大乃国と映し出される。千代の富士の土俵入り,チャンコ鍋,手形,…と相撲についてすこぶる詳しい。どうやら,筆者を日本人ではなく中国人と勘違いしているらしい。実は,このご婦人,小錦と同郷だったのだ。小錦八十吉ことサレバ・アティサノエ。サラバではなく,「サレバ,八十吉」だったのだ。おかげで7時30分までの15分間,日本人の私めは米国ハワイ州オアフ島のご婦人に相撲の講義を受けることができました。

相 撲
 どこぞの国の官房長官が相撲協会に土俵に上がりたいと申し出て断られたことがあった。その時,ひいき力士の手形をもらってきたかどうかはつまびらかではないが,以来,女性が相撲協会に押し掛けては人気力士の手形をもらってくると言う。土俵に上がれるようになったとはついぞ聞かれないところをみると,これが本当の空手形か。

空手形でない
 今度,NHK朝の連続テレビ放送で「君の名は」が始まるという。本当ですか?この人気のラジオ・ドラマが始ったのは筆者が小学校に入学した年であるから昭和27年で,日本が世界銀行に加盟した年でもある。本年(1990年),東名高速・静岡-豊川間の建設資金で残っていた約700万ドルを返済して世銀からの借金はゼロになったという。昭和28年の借り入れ以来,実に37年ぶりの完済で,空手形ではなかったわけだ。当時の道路建設やダム建設に携わった諸先輩には感無量のことでありましょう。先輩諸氏の現在までの御苦労に改めて敬意を表し,サケでも送りましょうか。

サケでも送りましょうか
 漁師のせがれだったせいか,時期になるとサケのリクエストが多い。これほど味の違う魚も珍しいせいか,さもありなんと自惚れ,おだてられて結局,送るはめになる。水産国日本と思われているせいか,原油,原材料,食料等の輸入品のうち,3分の1が魚であり,うち,秋サケは13%も輸入していることは意外に知られていないらしい。
 さらなる卵の放流,養殖をすすめるむきもあるが,日本の放流は限界で帰ってくる魚が年々小さくなっているという。カナダやアメリカの大きいのをよしとする人もいるが,筆者には大味に思えるがどうだろう,「食は三代」を覚悟して言うが…。
 カナダやアメリカの川はやたらに長いため上りきるための自分の養分はもちろん,さらに,産卵のための養分が必要であるから大きいのは当たり前だ。日本は川が短いのでサケは子供のための養分だけを蓄えて川を遡上するため小さいわけだ。舟遊びのお好きな方,納得していただけますよね。

舟遊び
 日本人観光客が競って行くというメキシコ・シティの南部にあるソチミルコ(Ⅹochimilco)。小舟にのってマリアッチを聴きながらの舟遊びは豪勢にいきたい。ところが,現在,治水,農業,考古学上の問題の調整を迫られており,自国資金500billionペソを出してメキシコのベニスを目指した救済プランを考えているという。それから訪ねても遅くあるまい。
 小舟がでてきたせいか,関西の鯖の押鮨・バッテラを連想し,ツバを飲み込む。

飲み物が欲しい
 暑さのせいかセルベッサ(ビール)が頻繁に欲しくなる。どこで売っているのだろう。街を歩いている人に「セルベッサ」と聞いたところ,横を指差す。酒屋ではない,例のハンバーグと清涼飲料を売る「マクドナルド」だ。もう1人に「セルベッサ」と聞いても同じように横の「マクドナルド」を指差す。おかしいな,どうも発音が悪いのかな,からかわれているのかな?迷っていると美女が「マクドナルド」に連れていく。「いや,俺はコーラは嫌いで,それにハンバーグはいらないよ」と思ったが,スペイン語で表現できず,「もぐもぐ…」。
 だいたいこの国の人は親切すぎて,何かを聞くと,知らないのにもっともらしく教えてくれる。とりあえず相手をがっかりさせないためのサービス精神だという。「泣けるじゃないか,もお~」とくる短気を押さえて,従うのが礼儀というもの,質問したのはこっちなんだから。
 「もぐもぐ…」の話を続けよう。日本流に言うと,「いい加減に,コーラでも飲ませようというのだな」と美女のウィンクに負けて,いや,応えて中に入ると,件の美女が「コロサル」と言う。「えっ,日本語?殺される?冗談じゃないよ,殺されるのは嫌だよ。せめてその前にビールが飲みたい」と,英語でまくしたてると,英語はどうでもいいのだが,でてきたんです,うまそうなビール「コロサル」が。このビールの味は一生忘れられないでしょう。もう一度,コロサレルまで-生忘れられないでしょう,「マクドナルド」で売っていたビール「コロサル」は。サルー!

サルー
 「サルー」は乾杯。幼児を含めた家族連れでサルーとやっているが,「Salud」はもともと健康という意味らしいからつじつまがあう。しかし,どうしてクシャミをしたとき,「サルー」と言うのかな?
 それにしてもこの国にビールの種類が多いのには驚く。日本のビールに似ているボヘミア,黒ビールのネグラ・モデロ,メキシコ人に人気のカルタ・ブランカ,その他スペリオール,インディオと味に特徴がある。この違いはホップのせいかな?ホップは処女の花から作るというが,…止めよう,南国の解放感とビールで少し酔ったみたいだ。
 話題を変えてテキーラと似たメキシコ風飲み方をするテカテビールの正調飲りかたを御紹介しよう。冷やした缶ビールの上に塩をのせ,そこにレモンを絞って飲むやりかただ,いけますよ。

ビール好き
 本年(1990年)のノーベル文学賞はメキシコのオクタビオ・パス氏と決った。彼はビール好きで有名だ。「反ファシスト作家会議」に参加し,帰国後はインド大使等を歴任,東洋の哲学,宗教等に詳しい作家だ。川端康成とノーベル文学賞を争った経緯があり,また,日本に滞在し,「奥の細道」をスペイン語に翻訳したこともあることから御存知の方も多いであろう。
 スペイン人とメキシコ人原住民の混血という出自をふまえ,メキシコの複雑な歴史を分析したのが,「孤独の迷宮」。傑作ですよ。メキシコ民族の誇りだ。

メキシコ民俗舞踊
 メキシコの誇る国立舞踊団は,民族舞踊とバレエの混合のような踊り,テープを中心とした音楽,ナマの音楽,双方の音と,なかなかショーアップされた公演である。マリアッチのリズムは,「こぶし」がきいているといおうか,異邦人の筆者には新鮮で若々しい波動エネルギーが感じられる。民族音楽に共通するこの呪術的ともいえるエネルギーは何と魅惑的なことか。踊りの方も躍動感があり,露出度が高い。
 ところで,早く入りすぎて公演時間まで間があったのできょろきょろしていたら何と客席の後の方にミキシングエリアがあるではないか。もう,居ても立ってもいられない,じゃなくて,早速起き上がって…。スチューダのマルチ・チャンネル・テープレコーダとJBLのアンプ,日本製のイコライザを備えているではないか。オーディオは,田舎の安普請なら-軒は建つほど散財し,また,もう一軒は建つほどの金をかけて音楽・オーディオ用の地下室をつくったほど凝りに凝った道楽だ。ちょっかいを出したくなる。作業服を着たミキサーは人の良い奴で日本の絵ハガキ1枚で記念はとらせるわ,イコライザはいじらせるわ,「いいのかな。俺のこと,この道のプロだと思っているらしい。でも,最初のポジションは忘れてしまったぞ」「俺,どうなっても知らないぞ」。20分はかかったろうか。お互いに?下手な英語を使って,このミキサに音を伝授した。「こいつ,指でⅤサインをつくってOKだといっている。おれはメキシコ音楽については全く知らないのだぞ」。
 大丈夫,私の教えのせいか,1990年12月9日夜,中低音に重きをおいた美しい音がこのメキシコの誇る芸術院で国立舞踊団を踊らせたのである。これ,本当のおはなし。

メキシコ・シティの国立芸術院宮殿(メキシコ民族舞踊)

中低音
 マリアッチをたっぷり聞いたからには,メキシコ風洋楽の話といきたい。12月7日はエンリケ・ディメッケ(Enrique Diemecke)指揮の国立交響楽団(Orquestra Sinfonica Nacionnal)だ。演奏陣の中から男性が立ち上がって音合せが始った。でも,コンサートマスターの席でもないし,コンサートマスターはどの人かな?もう1人が出てきて音合せ。そうか,この人がコンサートマスターか,安心した,と思いきや,また,別の席に座る。「おい,おい,おい,おい。」メキシコ流にいらいらしながらも,「随分とていねいに音合わせをしているんだ」,と自分に言い聞かせていると,出てきました,コンサートマスターが。つまり,コンサートマスターの音合せと合せて都合3度の音合せが終了後,指拝者のエンリケ・ディメッケが出てきたわけだ。ハンサムで,棒振りもなかなか計算された聴衆を意識したスタイリストだ。何故か,10年前に英国のロイヤルアルバートホールでイスラエル・フィルを振ったズビン・メータの動きを連想した。
 いきなりスペイン語で何かを言ったが筆者には分らない。プログラムに無い曲が始まった。米国在住のコープランの曲だ。ともするとボケてしまう中低音のキレが良い。曲の終了後,エンリケ・ディメッケがコープランを指名して彼に立ってもらって拍手を添えての紹介。コープランに会えるとはすごい。1分間の黙とう?をした後,もう1曲。この黙とうの意味だが,インタヴァルの時にビールを飲みながら英語のできる御婦人の話を総合すると敬意を表して行った,ということになる。責任は持てないが,そぅだとすると,なかなかの演出家ではないか。
 やっと,プログラムの曲に入り,ピアニストのマイケル・ブロック(Michel Block)を迎えてセルゲイ・ラフマニノフの「パガニーニのテーマによる狂詩曲」が始まった。有名なカンパネラで始まりカンパネラで終る曲である。耳になれるまで,それとも彼がのりきるまでと言おうか,時間がかかったが,どうしてどうして大変なピアニストだ。アンコール2曲の大サービスの後,ピアノのふたを閉める。おわり。

まだ,終らない
 後半はチャイコフスキーのマンフレツド交響曲だ。後半のビオラ~第2ヴァイオリン~第1ヴァイオリン~チェロとわたるカノンが圧倒的にうまい。メキシコ人にバロック音楽が合うのだろうか?タイコの音量と張りのある音は今まで味わったことのないような上質のもの。ヴァイオリンの音もまっこと切れが良い。特筆すべきはタンバリン。ちょっと間違うとこの楽器は大変がさつな音を出すことになるが,ここの音は意外や意外,柔らかいのだ。タンバリンを右手に持ち,左手をすりあわせる鳴らし方がその秘密だが,音はともかくそのスタイルが実にカッコがいい。格好というよりもカッコがいい。カッコいいことをもう-つ。最後にエンリケ・ディメッケは指揮棒の先を小指の方に持つ(逆に持つ)スタイルをとった。これが何ともカッコいいんだな,この色男め。

色男と美女
 町を歩いていて,「おっ,美人だな」と思っていてはもう遅い。若きも老もその美女に向かって,後からではない,前から「ピロポ」と声をかけている。最初は,「ヒロポン」に聞こえ,麻薬でも売っていると思って近づかないようにしていたが,どこででも白昼堂々とやっている。たまには,美女の方がにこっと笑ってついていくではないか。面白そうだ,やってみよう,っと。日本の色男?「ヒロポン」と言ったが反応が無い。でも,親切な女性がいるもの,発音まで教えてくれるではないか。「piropo」とは「俺の恋人にならないか」というような意味らしい。よく,張り倒されなかったものだ。でも,大丈夫,これ,もはや習慣だという。そっと,しのんで…、はここでは通じないみたいだ。

しのびあい
 漫画で流行った「オバタリアン」と選挙で流行った「マドンナ」がいっしょになって「オバンナ」という語があるという。なんだ,元に戻っただけじゃないか,と言う人がいる,いや恐ろしい,ここで止めよう。ここは少し粋な時代の粋な話をしよう。「口づけの小道」の話や,メキシコの踊りを見ると,2人が向きあって口づけをし,抱き合うのはどうもヨーロッパや米国だけの恋愛の姿ではないようだ。ひるがえって,我が日本国の伝統美,様式美の極致,凝りに凝っている歌舞伎や文楽の世界ではどうであろう。2人は向き合わずに,背中合せになり,お互いの肩先でちょっと触れ合う…。(もう,しびれてきた)…この「恋愛の姿」,いや,この表現じゃバタくさい。もう1度,言いなおして,この「濡場」。お互いにひかれながら背中を向けて付くともなく,離れるともなく,…いいなあ。

いいなあ
 はっと目が覚めた。彫りの深い顔,ここはイタリアのミラノ?はたまた,ハリウッド?とにかく,やたら美女が多い。「本当か?」。聞くところによると,フランス人の入植もあったそうだ。往年のリズ・テイラーが街のあちこちにいるのだ。「どこなんだ?」。とにかく女性は親切で積極的で,本当に…。「え,えいっ,どこなんだ」。州庁舎ではオロスコの壁画「立ち上がる僧侶イダルゴ」に圧倒されるし,カバーニャス孤児院ではオロスコの天井画「焔の人」を寝そべって(長椅子の上に仰向けになって)観れるし,コリント式石柱のデゴジャード劇場はあるし,…。「そんなことはどうでもいい。さっきの話だ」。民芸の町トラケパケには近いし,…。「いいかげんにしろっ,どこなんだ,どこなんだ,その美女の…」。お待たせしました。いらっしゃいませんか,美女の街・グアダラハラに,もちろん団体ではなくお一人で。

寝そべって天井画を観るカバーニャス孤児院
カバーニャス文化学院の天井の「炎の中の男」
ハリスコ州庁舎中央階段の立ち上がる僧侶・イダルゴ
グアダハラ近郊のトラパケ
トラパケの民芸品店

団体旅行者
 ネパールに来た日本人の団体旅行者が街を歩いて見物していた時の話。例によって団体でゾロゾロ歩いていた日本人をネパールの人が見物していた,という。いったい観光客はどっちなんだろう。

観光客はどっち?
 ロス空港の免税店は英国留学の帰りに寄って以来なので10年ぶりだ。びっくりした。国籍はともかく,売っている人達(従業員)の顔は全員明らかに日本人だ。買い手の方にも外国人?を見つけることは難しく,成田空港よりも日本人が多いのだ。ロスアンジェルスという外国で,Made in …,ディオールだ,… だといって日本人同志が日本語で売り買いをしているのを前の休憩用の椅子に座った外国人?が唖然として観ているのだ。日本人は外国人に対して観光客の役目をりっぱに果しているわけだ。さすがに,オークション会場ではないのでいつも話題になる絵画は売ってないが,「絵好みっくアニマル」とは思われたくない。