より道しちゃった

不安の出発
 「カサブランカ」…、田舎の高校生の頃、遅刻・早引け・早飯の常習犯であったが、その早引けをして観た映画の一つである。それ以来、どうしてもあの港で、そしてあの港を撮りたかった。ボギー(ハンフリー・ボガート)になってバーグマンを待ちたかった.両手をズボンのポケットに入れ、猫背で「哀愁のカサブランカ」を口ずさみたかった。映画を観て以来、32年間悩んだあげく、ついにやって来た。
 さて、いろいろあって,現在チリに住んでいるというカサブランカ出身の青年とモハメッド5世空港から市内まで一緒にタクシーで行くことになった。ここで、ひと悶着が起きた。市内まで一人で乗っても二人で乗っても一人あたり200DH(1998年1月20日現在で1DH≒12.3円)だという。そんな馬鹿なということで、すったもんだで30分は経ったので、ここらでこのモロッコの各地で経験した旅人への洗礼について説明しよう。もう、夜の11時だというのに何処にいたのか周りからいつの間にか人々が集まってきて「あーでもない、こーでもない」と始まるのである。―体、当事者が誰と誰なのか分からないくらい「あーでもない、こーでもない」なのである。結局、言い値の200DHで決着したが、因みに帰国の時に利用したここカサブランカのカサポール駅から空港まではモダンな列車の2等で1/10の20DHであった。

カサブランカのカサポール駅

あーでもない、こーでもない
 2人を乗せたベンツのタクシーは猛スピードで走り、25分で市の中心モハメッド5世広場に着いたが、私が目星をつけておいたホテルが見当たらない。ここでも、いつのまにか人々が集まってきてホテルを探してくれて、また、あ-でもない、こーでもないとやる、深夜の1時にですよ。結局見つからず、「えーい、何処でもいいや」と目の前にあった小さなホテルに決めた。部屋を確認するようにMr.チリ君に言われたが、そう彼は自分の家に荷物を置いてきて未だ私のために働いているのですが、もう、眠い、いいや。粗末なベッドが一つあるだけの部屋で不安な一夜を過ごしたわけですが、尿意を催して気が付いた。トイレは何処だ?真っ暗な廊下をあちこちぶつかりながらやっとそれらしいのを見つけたが、本当にトイレだろうか?「もうだめだ、やっちゃおう」、でもトイレなんだろうなあ、それにしてもどうやって使うのだろう。
 「本誌を何と心得る。シモの話をそれも入りで説明するとは」とお叱りを受けることを覚悟でモロッコをよりよく知るために、ここは一番ふんばって、モロッコ式水洗トイレを公開したい。モロッコ式トイレをどちら向きに使うのか?上に見えるプラスチック容器を切ったようなもの、(には見えないが)この容器の上にある蛇口からこれに水をとり、左手を使ってあそこを洗うようだ。ということになれば、想像するに、の右手に向かって事を済ますのであろう。アラブ人は右手は清潔、左手は不浄という観念を持っており、握手や物を渡す時は右手でなければならない。やっと符合しましたね。
 朝の支払いの時に数字で67と読める紙切れを見せられる。67ドルと勝手に解釈して、「部屋にトイレも無いのに高いな」と思いながらも支払おうとすると受け取らない。67ドルではなく67DH、つまり約830円だったのだ、830円。もう1度830円。

モロッコ式トイレ

くさい仲
 イスラームでは礼拝の前に身を清める習慣があるため、モスクの近くにモロッコ風呂・ハンマムが多い。スウェーデンのサウナ風呂、トルコのトルコ風呂等々を経験した私めは、風邪も何のその、マラケシュのHホテルでついにハンマムを体験した。垢こすりまで入って80DH、マッサージ付きで150DHだったが、ホテルや場所によって料金が上下する。バスローブを渡してくれた入口の若者はなかなかの美男子で、こいつは中が楽しみだ?言われたようにへソまで隠れる大きなパンツにバスローブを羽織って次の部屋に行くと、出てきたのはレスラーのような大きなおじさんで、私自身?はすっかり萎縮してしまう。いきなりバスローブを脱がせ、垢こすりで背中をこすり始める。強弱をつけたこすりテクニックはなかなか気持ちが良く少しばかり回復したところで、尻をポーンと叩いて「あお向けに寝なさい」と言われ、あわてて前を押さえたが、このこすりおじさんの手が一瞬早く、私のパンツが下げられてしまったではないか。でもこいつ、下の方を見て、それから険しい私の顔を見て、うれしいことを言ってくれるではないか、何と日本語で「立派や」。うん、全て許しちゃおう。

ボギーとバーグマンの許されない関係
 フェズのGホテルにチェックインした時、フロントでガイドが必要かどうか聞かれた。旅行案内の本によると、ここのフェズ・エル・バリと呼ばれる古い町の方は世界一の迷路だそうで、それに雨も相変わらず降り続いているので車付きで半日250DHで雇うことにした。翌日、中型のなかなかの車に乗ってガイドが約束の時間より早くやってきた。助手席に私を乗せてからダッシュボードから手紙の用紙程度の大きさの紙を取り出して私に見せた。(その人の思う)フェズの見どころが日本語で書かれ、最後に大きな字で、「Jはとても良い、真面目なオフィシャルガイドです。安心できます」と女性のフルネームが書いてある。ここまではいいのですが、このどこかの女性の書いた紙に大手ゼネコンT建設の某課長殿の名刺と「??」と書いた小さなメモがホッチキスで止められ、ガイドの車のダッシュボードに入れられてあったのです。元々無関係なお二人からの戦利品をガイドが勝手にホッチキスで止めて組合せたのか、あるいは…。二人の関係はどういう関係かをガイドに聞くほど野暮ではないつもりだし、下品でもないつもりだが、このガイドは「日本人が好きで日本人のガイドを進んでやっている」と言う。いろんな日本人がこの町にやってくるようですよ。脅かすつもりはありませんが、この駄文を読まれて気になるお方、お電話下さればあなたかどうか内諾でお教えしますよ。それにしても何を誇りたいのか、あるいは例によって日本株式会社の社命なのか同際会議で名刺を集め回ってクリスマスカードを書きまくる日本人よ、どこででも不用意に名刺を瀕す日本人よ、外国人には奇異に見えるし、後が恐い場合もあるのですよ。御用心めされ。

染め物.皮染め職人街
フェズの染色市場の染色釜。この中に腰までつかって作業をする

用心しながらも付き合っちゃった
 カサブランカのカサ・ヴオワイヤジュール駅でうろうろしていると自称教授や自称学生がボランティアと称して町の案内を申し出てくる。三人目の自称学生君は日本に来たことがあり、青森に少しの間住んでいたことがあると言って、女性と撮ったを見せてくれる。なにかと親切でその真意を測りかねながらも,つかいようによっては役にたつのでマラケシュまで付き合ってしまった。英語で補足しながら話す津軽弁もどきの日本語も何とか意味が通じるし…、いきなりですが、ここで、彼の話す“で(de)”なる言葉について説明させて下さい。例をあげよう。「We go to Funahiroba、“で”食事をするのはどうですか」。「フナ広場のコーナーのtea roomにいく、“で”、ゆっくりentertainmentをお楽しみあそばせ」。この“で”は日本語の“で”と同じ意味に使われているし、英語の‘and(so)’にも通じる言葉だ。アラビア語なのか?意味するところが日本語と同じだけにいちいち気になる。さて、お気付きだと思いますが、津軽弁もどきのイントネーションのはしばしに何故か「…あそばせ」という語を挟む。そして、私に英語でイスラム教の教えを一生懸命に教えようとする。日本の宗教について聞かれるが披露するだけの知識を持っていないので用心深くではあるが、私の考える日本人の特徴について話した。海、山、川等の多様な自然環境の中で育った日本人は、多様な価値観の存在を許す。対人関係においても、外来の文明や技術に対しても巧みに順応しようとする。「この世の森羅万象にはすべて一理がある」と言いますね。「一理では片づかない」というパラドックスと考えても良いですよね。
 そして、「…あそばせ」が気になったので、街学的にならないように気をつけながら、この言葉は“遊び”のあそびではなく、恐れおおくも「神と接合しなさい」と言う意味なのだ。“で”「…あそばせ」は敬語になってしまうのだと教えてやったが…。

カサブランカ港.船がぎっしり.遠くにハサンⅡ大モスク
カサブランカ港.船がぎっしり.遠くにハサンⅡ大モスク(アップ)
ハサン二世大モスク
カサブランカの 国連広場
カサブランカの中央市場

女性について教えられた
 あるホテルで日本に行ったことがあるというフロントの青年と英語で話をしていた。ちょうど、床や部屋の掃除、シーツの交換の時間帯だった。「モロッコの女性をどう思う」と聞かれて、ぐずぐずしていると「日本の女性は静かで品があるが、この国の女性はおしゃべりだ。見ていろ、あの女達を」と廊下を掃除していた女性の方を顎で示した。足元を見るとモロッコ革で作ったバブーシュ(室内履き)やクローケブと呼ばれる木でできたサンダルに似た木靴等、履いているものも様々だ。確かに延々と30分間、相手の言うことに関係なくー方的に喋りまくっているように見える。でも、こういう光景は最近の日本では男もそうですし…。明治生まれの祖母に育てられた私めは陰で他人の個人的なことを言わないし、平気で言う最近の風潮を憂えている一人です。そのうえで、「モロッコの女性と一口に言ってもいろんな顔立ちや体型の方々がいますが、皆さんきれいですよ」。そして、日本の女性のことですが、化粧をした顔や黒髪や細身の体型ではなく、多くの外国の知人が言うように、「立ち居振る舞いが静かで、品があって美しい」と思っております。「近頃の女は」というお方、「近頃の…」はデカメロンの時代から言われていたそうですが、そこまで遡らなくてもいいですから日本女件の美しさを認識して下さい。お願いします。

黒髪の美しさ
 日本人の美しさの1つと言われるみどりの黒髪が赤髪のモジャモジャになったのはー昔前の話、最近は茶髪とかが流行っているそうだ。おっと、「流行っているそうだ」と言ってはいけない。こう言って若者や軽率な連中をのせる行為は少なくとも大人のすることではない。ビジネス的には効果的だと思うが。茶髪がおかしいと言っているのではなく、大人の側から発射されるベクトルが一元的で均質で、わぁっと情緒的にいってしまう、それも善意と思ってやっているのだからなおさら恐いのである。
 話を茶髪に戻そう。モロッコの人達に「あの髪の色は変ね(Henne)」と言ったらおそらく駄酒落になってしまうだろう。Henneと書いてへンナと読むこの言葉は、へンナという植物の葉から採取される赤茶色の染料のことである。そうです、髭を染めて茶髪にする植物性染料であって変ではないのである。手や足の模様を最初に見た時は人れ墨と勘違いしたが、親切な人が教えてくれたところによると、へンナの粉で書いた模様は元々は花嫁の化粧のためで、それも魔除けになるそうで、オリーブ油で簡単に落とすことができる。一つ賢くなったでしょう。

変な薬局
 総人口の約6割を先住民族ベルベル人が占めるせいであろうか、漢方薬に似た調合をするベルベル薬局が特にメジナ(旧市街)に多い。これはある旅行案内書に書いてあったことだが、同じ様なことを体験してしまったので、まあ、聞いて下さい。うろうろしているとこのベルベル薬局の大先生が私に濃厚なウィンクをし、いきなり腕をつかまえるではないか。そして無色の口紅に似たスティックを持ってきて私の手の平に塗り始めた。と、どうだろう、私の手の平はきれいなピンク色に変わったではないか。いや、正確には手の平ではなく、手の平に塗った無色の塗料の色が色気づいたのである。「そう、お前の元気さ加減や性欲は普通だ」。元気さと性欲は違うものだと思うが、ここでは細かいことにこだわらずに話を進めよう。「赤に変色すると元気モリモリ、スゴイスゴイ、カラテね」と変な日本語混じりでしゃべりながら空手のポーズをとったり、腰をくねくねさせて怪しげにベルベルダンスの真似をする。「無色のまま変色しないと元気なし、子供できなーい」とくる。私も何故かむきになって、もっとこすって赤にしようと手が熱くなるくらいこすったが変わらない。このベルベル薬局の大先生とはウマがあって2時間も付き合ったが、ついにこの“変色の原理?”を理解できなかった。そこで、我が日本国の女性に試そうとスティック・スペシャルを5本も買ったが、どこかに置き忘れてきてしまった。メクネスかな?

メクネスのブー・イナニア・メデルサ
メクネスのブー・イナニア・メデルサのテラスから見たグラン・モスク
映画館の看板。
メクネスからラバトへの移動中の車窓から

君だけにスペシャルサービス
 猛烈な雨と雷の中、ラバトの鉄道駅近くにある古代美術館(考古学博物館)を訪ねた。朝早かったせいかチケット売り場に人がいないのでうろうろしていると、いきなり後ろから「ニッポンジン?」と聞かれたので、頷きながら「ヴオルビリスから掘り出した遺跡を見たい」と英語で告げた。「それがある2階は別在閉鎖中で、その代わりにお前だけにいいものを見せる」。いいものを見せると言われりゃ、ついて行くのが男の性、ましてや、お前だけにと言われりゃ、なおさら…喜々として案内された別棟に行く。
 英国人がやるようにモッタイつけて鍵を開け「本当は閉館中だが、お前だけに説明する。これはジュピターの妻で…」と始まる。の撮影についても「本当は禁止だが、お前だけに」ということでを数枚写し、ボールペンでメモをとった。ボールペンを見て思い出したというジェスチャで別棟の鍵をかけて事務所に戻り、何かを説明した4ページの印刷物を「本当はだめだが、お前だけにあげる」とくれる。他にたくさんの枚数があるもののようには見えない。一通り、見学が終わったところで「その日本製のボールペンをくれ」と言われるが、「予備が無いのでだめだ」とことわる。次にこのHontou Omaedake氏に10DHを要求された。秘密の代だと言われて、何故か周りの目を気にしながら10DH支払う。「もう一人の人にも」と言われたので、この人にも10DH支払って表に出たところ、女の人が血相変えて追いかけてくる。アラビア語は理解できないが、どうも「人場料を払え」と言っているようだ。ということは、中でうろうろしていたあのもう一人の男は何者だったのか。とにかく、あの男に払ったと、10分もかかってジェスチャでわかってもらって、やっとこの美女から開放されたが、「もう10DH払えばいいじゃないか」と言うなかれ。そのような状況では旅人は120円と闘うものなんですよ、それが旅なんですよ。まあ、ともかく合計20DHでこんな楽しい経験がここモロッコではできるのですよ、いらっしゃいませんか?

ラバトのハサン塔(未完のミナレット)
ラバトのパレ・ロイヤル
モハメッド五世廟
モハメッド五世廟 を守る真紅の衣装をまとった衛兵
モハメッド五世の石棺
廟のある下に行ってモスク内部を写す.中には入れない
モハメッドⅤ廟の天井