フェスティバルのことなど・番外編

久しぶりですね
 今,日米複合材料会議の合間を縫ってこの原稿を書いている.つまり,50日前に帰国したヨーロッパ旅行の印象記を米国の首都ワシントンで書いているわけだ。
 イタリアはミラノで開かれた国際複合材料会議を利用して久々に家内と2人でヨーロッパに出かけた。17日間の短い旅であるが,8年前にD誌に掲載いただいた「フェスティバルのことなど」番外編の様な旅行先の印象紀を書けと言われる。四十肩の真っ最中で右肩が上がらず.ゴルフも不自由な年になっては若い頃の様な元気の良い文章も書けない。それに,相変らずオペラも楽しいが,歌舞枝や文楽に凝りに凝っている現在,西洋のものはどうも…。さてさて…。それにしても日本人がヨーロッパの印象記を米国で書くとは何か混乱する。米国産西欧印象記か?

米国産
 米から酒を作る。米酒である。日本の酒は日本酒。そうすると正確には日米酒か?米国の米を使って日本酒を製造する場合には米国・国産酒あるいは米国産と呼ぶのか。米から作る米産なのか?難しくなってきたぞ。同じく混乱を起こすのが一村一品運動。コンブで有名な北海道はM町のコンプ焼酎,R町のコンプ焼酎,いずれもコンプの名産地として知られ,筆者など諸先輩に毎年シーズンになるとリクエストされるが,この両町の焼酎の製造元は北海道A市のG社。この場合の一村一品はM町,R町,はたまたA市か?イタリー製ダンヒルネクタイ,スイス製ダンヒルライター,西ドイツ製ダンヒル万年筆と似ている。一種の名板貸とでもいうか,ダンヒルの名前で多くの人がこれ等を求める。とくに日本人は競ってこれ等を買い求める。さらに,日本のお国柄が出て面白いのは日本有数のスーパーチェーシSの無印商品。何故,韓国製Xというブランドで売らないのか?西洋崇拝,東洋蔑視の表れか?

ブランド
 女性,男性を問わず,欧米製品への崇拝熟はすごい。日本は経済大国と言われているが,実は生産大国であって,世間で評価される消費大国ではないのではないか。よく分からないが,どうもすっきりしない。長寿世界一で喜んでいる保険会社の社長が例のゴッホの「ひまわり」を買った弁明がふるっている。他の「ひまわり」より花の本数が余計に描かれている所に価値を認めたという。もう,何と言うか,…,やめよう。
 欧米崇拝も良いが.東洋的礼節も同時に大切にしたい。先日送られてきたA誌にアスファルトに関する研究機関の紹介があった。TRRLについては何と1979年私が留学していた当時のデータが掲載されていた。マギー・サッチャーの登場以来,英国の国立研究機関は様変わりしているのに,9年前のデータを掲載するとはTRRLに対していささか礼を欠く。1983年9月30日にはFiftieth Anniversaryを行ない,TRRLとコンタクトのある研究者にはその記念号“towards better transport”が送られてきているはずだ。米国の道路研究の哲学や手法に多大の影響を与えたノーマン・リスター氏がついにリタイア,そのリスターの良き仲間ノッチンガム大学のペル教授もリタイア。両者を研究上の仲間とする米国はバークレーのモニスミス教授も本年,AAPTの名誉会員に推薦する旨の連絡がAAPTよりあった。確実に時代は大きくうねっているようだ。

時代のうねり
 先日,軽井沢で行なわれた『武井セミナー』で,まことに僭越ながら,世界的に著名な1899年生れのフェライトの発明者武井先生をはじめ,140人のお歴々の前で講演をする機会を与えられた。
 私事で恐縮だが,祖母に甘やかされて育てられたせいか?一世代飛び越えた大大先輩に筆者の甘さ,無欲さが良いとおだてられ.皮肉られて,随分と可愛がられることが多く,大切な財産?としている。フェライトの研究にとりつかれ,多くの分野の先輩とお会いできる機会が多いせいもあろうが,皆様に共通することは,無欲.人のため,進取の気性などだ。「古い話は通じやすい」が,それは「新しさの無い話」の証拠ということをどの方からも教えられる。イノヴェーションは相手に伝えるのが難しいのがあたりまえだ。80才を過ぎてなお,耳当りの良い話ほど慎重に聞く,この人生,人間,世界に対する謙虚さを学びたい。
 後漢の時代に,全ての知識人の発言や論文は師の教えを越えてはならないという法令が定められた。残念ながら,わが日本国は中国文化の全てを吸収したせいか.その後遺症が無いとは言えまい。その点?で筆者は懐の深い恩師に恵まれている。

ボスポラス
 第2ボスポラスの開通式がテレビニュースで報道されているという日本からの電話を滞在先のボストンで受けた。第2ボスポラスは日本だが,TRRLの昔の仲間と会った時,「第3はこっちがいただき」と口を揃えて言っていたが,とにかく第2ボスポラスの開通はうれしい。
 5月4日,第2ボスポラス橋の舗装(マスチック工法)が打ち上がった直後,まさに直後に,K氏の御好意で家内と2人で美しい橋の上に立たせていただいた。これ,本当の話で,工事関係者以外では私達が世界で最初に舗装後の橋の上を歩いたのですよ。舗装表面の温度がまだ下がっておらず,そのせいでイスタンブールで新しく靴を買う羽目になりましたが。
 橋の周辺の私有地は例によって油やさんのものだそうだ。それにしてもこれだけのマスチックを機械施工するとは日本の施工技術は大変なものだ。

第2ボスポラス橋の工事現場
第2ボスポラス橋の工事現場
第2ボスポラス橋の舗装打上り直後
第2ボスポラス橋の舗装打上り直後
第2ボスポラス橋の舗装打上り直後のツーショット
第2ボスポラス橋からボスポラス湾を写す

イスタンブール
 イスタンブール空港のロビーに出た途端,これはもう英国風だ。そういう匂いがする。例によってトルコの英雄ケマルアタチュルクの写真がいたる所に飾られている。第2ボスポラス橋の現場に案内を願う前にすぐ側の事務所に寄らせていただいた。老人?が出てきて,チャ or カフェと聞いてくる。どっちも試したい。ミルクは入れないが,日本で飲む英国風ティよりもうまい。どうもプロだ。それもそのはず,労務契約項目の中に,「お茶係り」の採用があるという。トルキーコーヒー。言うまでも無い。最高。もう1杯と言いたいが,楽しみな夜の食事のため我慢する。ところで,トレコ人は年をとって見えるとのこと,老人に見えた彼は何と私と同じ年だそうで,お詑びしたい。それにしても,トルコ人はどこへ行っても親日家が多い。そのせいか.娘のお尻が乗るくらいの?ヘリケカーペットを買わされてしまった。

日本と近い
 イスタンブールは魚貝類の旨いことで定評があるが.そのとおりだ。サービスも筆者が最も好きなきびきびした男性である。食べ物に対して用心深い筆者もちょっと食べ過ぎた。
 ブルーモスク,アヤソフィア,カリエミュージアム,…と,ひととおりまわって,第一ボスポラス橋を車でアジア側に渡る。灰色に近い町並み。雑然とした雰囲気,人々の顔もあか抜けているとは言えない。多くの人々は,実に人なつっこい素朴な表情を見せるが,ここではそれとはちょっと違った表情を見せる。
 しかし.この不思議な感動。ウシュクダラに入った途端,動悸が始まり,体が動かない。涙が止らない。何故だ。どうしたんだ。何が起ったのか。そうか.アジアだ。自分の田舎に帰り,餓鬼大将の頃,お世話になったおばさんに会ったような気恥しさと親密さと…。筆が走らない。

ブルーモスク
カリエ博物館
アヤソフィア
トプカピ宮殿にて
イスタンブール市内のアクアダクト

タコタコ,イカイカは地中海語
 エーゲ海巡りでギリシャのエギナ島へ行った時のこと。カジュアルなスタイルのおじさんの「タコタコ,イカイカ」の声が聞える。「えっ。まさか」。裏通りの道端に汚れたテーブルを出して,奥さんに怒鳴られながら,観光客に「タコタコ,イカイカ」と呼びかけている。最初は日本人の筆者らをからかっていると思ったが,どうもそうではない。フランス人にもドイツ人にも「タコタコ,イカイカ」 大繁盛だ。漁村生れの筆者も驚くようなまさに日本人好みのシンプルな味だ。びっくりしたなあ。それにしても,「タコタコ,イカイカ」は何処の言葉なのか?
 そして,また,なっ,何と,イタリアはベニスでもタコタコ,エビエビとくる。日本人を冷かしているのではない。明らかに他の外国人に対しても,「タコタコ,エビエビ,イカイカ」とやっている。これは冗談ではない。美しい橋と言われ,橋梁技術者が興味を持つ例のリアルト橋の横の店で試されたし。タコタコ,エビエビ。エビエビ,イカイカ。もう一度,タコタコ,エビエビ,イカイカ。あーあ,忙しい。

ヴェニスのリアルト橋

忙しい
 ファッションの震源地ミラノは女性の美しさで定評があるが.街を歩いていても,とにかく,目と首の体操になる。まさかと思われるかもしれないが,一言で言うと渋い。英国ではない。ミラノの話である。ナポリの陽気さ,ローマの喧嘩とも異なる洗練された香りがする。イタリア人・韓国人・日本人の順にせわしないそうだが,5月9日,せわしなく,Sala Verdidel Conservatorioで今度は耳と心の体操をすべく出かける。アンナ・マリア・ジゴリのピアノ,オーストラリア室内管弦楽団でモーツァルトのK.271他を楽しむ。「フェスティパルのことなど・番外編」のはじまりだ。オーストラリアの楽団の音を聴くのは初めてだが,意外や意外,しっとりと聞えたのはミラノの美しさ,渋さのせいか,はたまた,女性ピアニストのせいか。

ミラノ・スカラ座 
 5月10日はミラノ・スカラ座。シュトックハウゼンの「光の月曜日」は初演。御存知のように初演の切符の入手は難しいが,2カ月程前にツテを頼って,ドゥモ横のプラザホテルに届けていただいた。どこのオペラでも必ず,日本人らしき人に会うが,さすがに今日は家内と私だけみたいだ。オーケストラと声の共演はなく,電子音が支配的なオペラだ。たまに女性のソロが聞えるとホッとする。このオペラの感想は?「芸術か?はたまた,ワイセツか?」。いつものオペラのどよめきと異なる,新しいものへの好奇心と冷やかさを感ずる。こういう新作物への許容度は成熟したヨーロッパ社会に共通するが,イクリアのそれは英国のそれに比較して,純粋に芸術への好奇心が強く感じられたが,それはお国柄か。

パリ・オペラ
 パリのオペラ座界隈。通称,日本人街と言われるだけあって,とにかく日本人が多い。今日,5月13日はグノーのファウストだ。どう言う訳か,前から2列目の席でオーケストラの指揮者の息づかいが聞こえてくる。私はこういう音はあまり好きではないが,とにかくオケの直接音が飛び込む。客層・雰囲気は,ミラノ・スカラ座と争うと言われるパリ・オペラ。盛り上ってくる。数年後には新しいオペラハウスにその席を譲ると聞くが,出し物は言うまでもなく,日本人好みのシャガールの天井画を初めとしたこの優美な建物はいつ来ても美しく感ずる。良かった。最高。この感動を止めないで下さい。明日のロンドンと比較しよう。

止めないで
 出発前に衛星放送で知ったのだが,日本を出る前から始ったドーバー海峡のストはどうなっているのだろう。船旅が好きであってもストではどうしようもない。場合によっては味もそっけもない飛行機を使わざるを得ない。心配になり.航空会社に電話すると,そのように聞いているので直接フェリー会社に聞いて確かめなさいと言う。筆者のフランス語では心許ないと思いつつも,オペラ座近くのサン・ラサール駅に行ってみた。オペラ開演まで30分しかない。焦ってきた。2,3箇所たらい回しにされた後,結局トーマスクックに駆け込む。ABC・OAG等の航空時刻表とともに個人旅行者にとっては必須の列車時刻表を発行している,あの旅行業の大元締め,トーマスクックである。
 話をフェリーのストライキに戻す。喉がからからだ。トーマスクックの窓口でスタッフから聞かれる。「車を持っていますか」。「いや,持っていません」。「大丈夫です」。「なに」?やけにあっけないな。本当に大丈夫か?」。「良い旅を」とくる。あ~あ,一安心。それにしても英国のストにはいつも悩まされる。住んでいた時には慣れっこになっていたが,短い日数となると不快感に変る。勝手なものだ。

ドーバー海峡
 「ドーバー海峡に濃霧発生す。大陸孤立か?」ドーバー海峡を渡る時にはこの英国らしいユーモア(?)をいつも思い出す。この日は,海峡に面するフランスの都市ブローニュ(Boulogne)がすっきり見えるほど快晴で甲板に上がった見学旅行のフランス人小学生の声がいやがおうにも飛び込んでくる。英国風ホットミールをなつかしみながら楽しむ。ドーバーソウルだ。オナシス未亡人が1,200円のドーバーソウルを食べに100万円の費用をかけてロンドンに来たと言う話があった。ご存知のように,「20 世紀最大の海運王」と言われたギリシャのミリオネアであるアリストテレス・ソクラテス・オナシス(Aristotle Socrates Onassis)の妻であったし,J.F.ケネディ米国大統領の妻であったことから,ゴシップ好きの新聞が「ダイエットか?」,「彼女はケチか?」と,騒いでいた記事を思い出す。
 そして,何故か,かつて訪ねた米国ワシントンのアーリントン国立墓地のJ.F.ケネディ大統領の横に眠るお嬢様のことを連想し,涙ぐむ。

コベントガーデン
 ロンドンでホテルに泊まったことがなかったせいか,ホテル代の高さに閉口する。ただ,筆者等の泊ったホテルはコベントガーデンまで歩いて5,6分,ロイヤル・フェスティバル・ホールまで歩いて20分の好位置だ。超人気のミュージカル「42nd Street」の劇場が近くだ。
 シャワーを使っていると,家内の友人から「明日,ディナーに来て下さい」の電話が入る。9年ぶりに聞く声が若々しいのに繁く。ミラノ~パリと経由してロンドンに入ると,色で表現するとあらためて灰色を感じさせるロンドンだが,コベントガーデン界隈はバービカン界隈と同じ様に,その変り様に驚く。中国風建物が多くなり,パリのポンピドゥ・センターの前で行なわれていたようなパフォーマンスがここでも盛んだ。どうもこれは世界的な流行の様だ。
 5月14日のロイヤル・オペラハウスの出し物は,女性指揮者シアン・エドワーズが指揮する「ノット・ガーデン」。聞いたことのないオペラだ。そのせいか,プログラムの他に「文楽」の床本よろしく科白集がついてくる。登場人物の一人に土木技師が出てくる。いよいよ我が土木も国際的だ。しかし,役柄はよくない。そして,やはり,土木のせいか,ジーパンや平服で出てくるドタバタで,ロンドンに住むオペラ狂いの友人は最近,こういうものが多いと嘆く。衣装の楽しみが1つ消える。パリよりさらに平服の観客が多いが,そのせいか同じ様な席でチケット代がパリ・オペラの約半額と安いのが助かる。それにしても,幕間に食べたレモンシャーベットはまずかったなあ。

安いか高いか
 昨日はオペラ,今日はコンサート。学を留めた留学時代にさんざん通いつめたロイヤル・フェスティバ・ホールのマチネーだ。英国で人気があるジョン・リルのピアノをユーリ・テミルカノフ指揮のLPO(ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団)で聴いたが,ブラームスのピアノ協奏曲第2番も響きが悪く,ドポルジャークの7番シンフォニーもどうも音が粗っぽく感ずる。折角いただいた最高の席にも最後まで居られない。どうした?考えようによっては,荒っぽい言い方をすれば昔のモネルギー,デシベルで料金が決ると言える西洋音楽がこたえる年齢になったのだろうか?どうも,いや,やはりと言うべきか,清元の志寿太夫に凝りすぎたようだ。バービカンホールで夜行なわれるキーシンとLSO(ロンドン交響楽団)はやめよう。

それにしても日本人
 もうすぐ原稿が仕上がる。どうも筆が走らず,面白くなく,読者に申し訳ない。テレビを観ていると,青木が全英オープンで7位に入った。御存知のとおり,英国のクラブはどのクラブも地域への貢献によって入会が許可される社交場の性格が強い。バッキンガムシャーの人口500人のデナム村に日本の最大手K建設が約300エーカーのゴルフ場建設を申請していることが話題になっていたが,団体でかけつけて派手に飲み食いして,「領収書,領収書」と大声を出す日本人流だけは厳にお慎しみあれ。